福岡高等裁判所 昭和23年(ネ)211号 判決
控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴はこれを棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出援用認否は、被控訴代理人において「本件家屋その他の管理人として被控訴人が委任していた訴外文藤照男には、家賃の取立及び納税の権限は與えていたが、他の事項例えば轉貸についての承諾の権限などは與えていなかつた。」と述べ<立証省略>控訴代理人において「被控訴人より控訴人に対し本件家屋賃貸借について、昭和二十二年三月中旬頃解約の申入のあつた事実、及び同年五月九日無断轉貸に因る契約解除の意思表示のあつた事実は、これを認めるけれども、前者については正当の事由がないし、後者の解除権の行使は権利のらん用である。すなわち、控訴人は戰後の住生活窮乏の極限に際し、引揚者である訴外中津安次郎等に同情し、また市当局の家屋開放の呼びかけに應じて、好意的に一時右訴外人等を寄寓させたまでのことで、しかもそれについては家主側の承諾を得ているのであるが、仮りにそれが轉貸であり、且つ家主の承諾がなかつたとしても、控訴人の右轉貸は、住に困窮していた引揚者等を救うためまさにつくすべき市民の義務を履行したまでのことであつて、これに対し違法性はいささかも認め難いのである。権利らん用というゆえんである。」と述べ<立証省略>た外は、いずれも原判決書当該摘示と同一であるから、これをここに引用する。
なお当裁判所は職権を以つて控訴人本人亀井博を尋問した。
三、理 由
別府市大字別府字仲間八百八十五番地の一家屋番号老松七十六番木造瓦葺二階建居宅一棟建坪二十坪二合五勺外二階十八坪八合七勺が被控訴人の所有である事実、及び右家屋の東側一戸(これを以下本件家屋という。)を被控訴人においてかねて期間の定めなく控訴人に賃貸し今日に至つている事実は、当事者間に爭がない。
ところで、被控訴人は「控訴人に対し昭和二十二年三月中旬頃解約の申入をしたのに対し、控訴人において同月末までに明渡すと約諾した」と主張し、右解約申入の事実は控訴人の認めるところであるけれども、被控訴人の右主張事実すなわち合意解約に関する原審並びに当審証人分藤照男の証言(原審の分は一、二回)は信用できないし、他にはこれを認めるに足るような証拠はない。もつとも当審における控訴人本人尋問の結果によれば、右三月一杯で家を明けると控訴人においていつた事実はあるが、しかしそれは引き越し先に適当な家でもみつかれば善処しようとの意味のもので、結局借家人の誠意を示したまでのことであつて、合意解約などという法律上の出來事ではないことが認められるから、これを合意解約認定の資料とは爲し難いであろう。被控訴人の右主張は理由がない。
つぎに被控訴人は解約の申入についての正当の事由として「被控訴人が財産税二十一万余円の納入にあたり、他から借り受けた十二万余円の負債を返済する資金にあてるため、本件家屋及び西側の一戸(原審共同被告高東高一関係分)を賣却しなければならないので、明渡を求めるわけである。」と主張するが、被控訴人は本件家屋及び右西側の一戸以外に他に相当数の家屋を所有していることの同人自認の事実によれば、右主張の事実だけを以つては、よしや控訴人に移轉先を提供したという事情があつたればとて、本件家屋賃貸借解約についての正当の事由と爲すに足りないものといわなければならない。被控訴人の右主張もまた理由がない。
更に被控訴人は控訴人の無断轉貸に因る解除を主張し、被控訴人が昭和二十二年五月九日控訴人に対して無断轉貸に因る解除の意思表示を爲した事実、及び控訴人が昭和二十一年四月頃より昭和二十二年十月頃までの間、被控訴人主張の訴外甲斐及び中津等を本件家屋の二階六疊の二室にそれぞれ入居させていた事実は、控訴人の認めるところであるけれども、当審における証人大野守、亀井ナツ子の各証言及び控訴人本人尋問の結果並びに原審における被控訴人本人尋問の結果の一部を総合すれば、右訴外中津等は引揚者または疎開者であつて、戰後の当時居住に困窮していたものであるが、控訴人においてその頃資材の入手困難のため、家業である下駄加工業を中止していて居住に余裕があつたのと、拒絶しかねる縁故先からの懇請でもあつたので、ほんの一時という約束で、右訴外人等に二階二室をそれぞれ轉貸(賃料の支拂も受けていたので、控訴人のいうように、單に好意的な寄寓の許諾とはいえない。)して昭和二十一年四月頃から翌年十月頃まで入居させた事実を認めることができる。
しかして無断轉貸が賃貸人からする賃貸借解除の法定原因とされているわけは、賃借人の無断轉貸がとりもなおさず賃貸人に対する関係において、一種の背信行爲に類するものと解せられるからであるが、戰後の影響が物の不足というかたちで現われ、しかも住の窮屈は物の不足の中でも最も顕著な現われであつたその頃において、住生活困窮者のため、賃借人が自己の住家の一部を割いてその者の住居に奉仕することは、賃貸人に対する背信行爲というよりも、より高次の観点から社会生活に協力するの美挙ともいえるので、前記認定の事実関係の下における控訴人の右轉貸は、解除の原因たる背信行爲と解するのは妥当でなく、從つて右轉貸が被控訴人の承諾のないものとして、これに因り解除権を行使するのは、信義に反する権利のらん用であるといわなければならない。のみならず、右証人亀井ナツ子の証言及び控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人のための本件家屋その他の管理人である訴外分藤照男(同人が管理人であることは当事者間に爭がない。)において、控訴人の前記轉貸を承諾していたものと認めることができる。この点に関する原審証人中津安次郎、当審証人分藤花子、原審並びに当審証人分藤照男(原審の分は一回)の各証言及び原審における被控訴人本人尋問の結果は措信するに足りないし、その他には轉貸につき承諾があつたとの右認定を左右するような証拠はない。被控訴人の右主張もまた理由がないものと断ぜざるを得ない。
されば被控訴人の本訴明渡請求を認容した原判決は不当であるから、民事訴訟法第三百八十六條、第八十九條、第九十六條を適用して、主文のように判決する。
(裁判官 小野謙次郎 桑原国朝 森田直記)